片づけられない女①


あかり達の事務所から車で7-8分程の距離にあるカフェ・メルロー。バーナード・ワイナリ―の敷地内にある居心地の良いレストランだ。いまあかりは、元同級生で同僚のアンドレア・ケナーと遅い昼食中である。


アーリーアメリカンを彷彿とさせる平屋のレストランは、建物の周りの木立の下にもいくつもの外席が設けられている。あかりはいつものように大きなオリーブの木の下に座り、お気に入りのトマトパスタに舌鼓をうった。


「なんか最近、クライアントの中に物をため込む人が何人かいて。ベッドの上に天井まで届くほど物が散乱しているから床に無理やりスペースを作って毎晩寝るとか、お風呂が物置状態でシャワーが浴びられないなんて人もいるのよね」


そう言いながら、アンドレアはザクロの実のかかったチキンサラダをほおばっている。


カウンセラーに守秘義務があるのは良く知られているところだが、クライアントの素性を明かさずに症状や状況を、同僚同士話し合うことは許されている。他の意見を参考にすることで、より良いカウンセリングを提供できると、カリフォルニア心理学委員会も推奨しているからだ。


「ホーディング障害は厄介よね。物をため込むことを止められずに、その人の生活そのものが成り立たなくなる。物があふれすぎて家の中を通り抜けられない場合もあるわね。私のクライアントも多少片づけられない人はいるけど、それは精神的疲労が極限にたまっているか、うつ状態からきているもので、ホーディング障害に当てはまるような人は今いないな」


このように答えながら、あかりの頭にあるクライアントの顔が浮かんだ。


村上ゆり子はサンディエゴの総合病院に勤める看護師で、アメリカに移り住む前は福岡の病院で働いていた。ある年アメリカ合衆国政府が行った、永住権抽選プログラムに思いがけず当たった。


まさか自分がアメリカに住むなどとは思いもよらなかったが、ちょうど数年間付き合った彼氏とも別れたばかりで「天の啓示」かもと、軽い気持ちでサンディエゴにやってきた。サンディエゴに決めた理由は、地中海性気候で明るい印象だったからだ。


ところが初の海外生活はそんな生易しいものではなかった。少しの貯えと亡くなった父親の遺産も多少あったので、アルバイトなどせずにアメリカの看護師資格を取るための勉強を始めることにした。看護の仕事は好きで経験は7年以上あったのだが、問題は英語である。


振り返れば学生の頃、英語が好きなわけでも得意なわけでもなかった。英語で専門職の資格試験勉強は、もともと呑気なゆり子の予想を遥かに上回る難関だった。


しかし持ち前の大らかさで、二度目の挑戦で看護師試験も無事合格すると、日米両語を話せるというセールスポイントを前面に掲げて、サンディエゴの大病院に勤め口が決まった。そこから3年ほどは、英語の仕事環境に慣れるのに無我夢中で過ぎていった。


しかしようやく仕事に慣れたころ、これまで感じたことのない妙な感覚を持つようになる。病気というわけではない。


でもなんだか毎日だるくて、朝決まって心に浮かぶのが、

「自分は何のために生きているのか。なぜこんな外国でアクセク、しなくてもよい生活をしているのか。生きている意味が見いだせない」という思いである。


食欲も減り寝られない晩が続いて、ゆり子はあかりのカウンセリングルームにやってきた。


「何とか毎日仕事には行けるのですが、それ以外のことはここ3カ月ほど、何もやる気が起きません」


このように話すゆり子の表情は、困惑しきっているように見える。


元来ゆり子は呑気な性格なので、周りの人はゆり子が寝られないほど調子が悪いとは思ってもみないだろう。病院での仕事中は前と変わらずとても元気そうに振舞っているし、患者からのうけも相変わらずよいそうだ。


ところがそんな外見を保つのに、以前には考えられなかったようなエネルギーを使う。なぜゆり子は3カ月くらい前から元気がなくなったのだろう。本人も本当のところはよく分からない。仕事にも大分慣れて、同僚とも英語で軽口を叩けるようになったのに、である。


あかりはゆり子の心の動きを探るべく様々な質問をしてみる。カウンセラーになってすでに10年以上たち、普段は自然にクライアントの抱える問題の輪郭が、心に浮かんでくるあかりだったが、ゆり子ばかりはしばらく話を聞いていてもあまりピンとくるものがない。


ゆり子の話にじっくり耳を傾けると共に、様々な質問を投げかける。


ようやく海外生活にもなじんで、ホッと疲れがでたのか、

天職に思っている仕事も英語でやるとなるとストレスのレベルが違うのかもしれない、

35歳のゆり子が海外でパートナーもなく一人ぼっち。孤独に打ちのめされそうなのか、

アジア人女性として差別的な扱いを受けることもあるだろうか、

もしかしたら、ホルモンバランスの変化も関係あるかもしれない、などなど。


様々な心の動きを想定してゆり子の心に切り込みをいれてみるが、反応はいま一つである。


しかし定期的にあかりと話をすることで、なんとなく心の整理がついてきたのか、ゆり子は次第に元気になっていった。だが、あかりはあまり納得がいかない。ゆり子の心を晴らす何かを、探り当てていない気がするのである。



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