​小さなミラクル通信

守秘義務尊重のため内容は著者の経験に基づいた創作です

母親思いは思いやりのある人に育つか?


母親の胎内は胎児にとって、外敵から身を守ることのできる完全な安心空間でした。そこでは何の心配をすることもなく、栄養分は常に直接供給されていました。


ところが一旦生まれて外界に出てみると、そこは乳児にとってかなりストレスを感じる世界です。生きるための栄養補給はもう自動供給ではありません。


乳児は母親から母乳やミルクなどの栄養を与えられ、やっと生きながらえることができるのです。もし母親が突然いなくなったり、母乳を与えるのを忘れてしまったら、これは命に関わる一大事です。 


ですから乳児は本能的に母親の姿を追い求め、姿が見えないと不安に駆られるのは無理のないことです。乳児がじっとお母さんの顔を見つめる様子を、見かけることがありますね。


母に愛されたい欲求は本能的

乳児にとって母親は自分の命を繋ぐ為になくてはならない存在であり、本能的に母親に愛されたい、守られたい、認められたい欲求があるわけです。


このような乳児の欲求に母親が答えることで、親に対する信頼と愛情や安心感が養われ、心身共に健康な成長が望めます。


しかし乳児の欲求に何らかの理由で母親が答えない場合は、乳児に不安感が宿ります。すると母の態度や愛情を確かめたい気持ちから、乳児は無意識に母の顔色をうかがうようになります。


顔色を気にする度合いは乳児の持って生まれた資質や、母親の性格、また他の環境的な要素も大きく影響すると思われます。


たとえば、愛情はあっても表現が乏しい母親の場合、子供は母の本心をなかなか察知できません。すると子供は母の喜びそうなことをして、母の気を引くことにエネルギーを傾けます。

またネガティブな感情が顕著に顔に出る母親の場合、子供は母の顔色が変わったり、曇ったりすると不安を感じます。子供はなるべく母親の顔が曇らないように、様々な局面で母が望むことを選択するようになります。


このようなことが日常化すると、次第に自分の気持ちは二の次にして、母の好むことを優先する姿勢が身についていきます。これは一見母に対する思いやりが養われることのように見えますが、実は子供自身が本能的に欲求を満たすための自分本位の行為なのです。


このような場合は、必ずしも真の思いやりが育つことにはつながりません。なぜならこの行為の基になっているのは、愛情ではなく不安感や恐怖心だからです。


そしてこのような自分の気持ちを二の次にする行為を続けた人の中には、自分の意思を認識したり、表現することがとても苦手な大人に成長する場合があります。


もし子供が必要以上に母親の顔色を気にする傾向がある場合は、きめ細かなコミュニケーションを通して、本当に思いやりのある大人に成長するよう導くことが大切です。

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