新型うつ病・僕は甘えているのか
更新日:2023年6月29日
新型うつ病とは
うつ病は適切な治療を継続することで、症状の軽減や治癒が十分期待できる精神疾患の一つです。
しかし心の病に関する認識は一般的にまだ低く、精神医療の研究が盛んなアメリカでも、「うつ病は怠け者のたわごとだ」と、いまだに主張する人がいるのには驚きです。
そして日本でも同じように感じている人は、少なからずいることでしょう。
うつ病にはいくつかの種類がありますが、その種類によって症状に違いがあります。そして近年メディアなどで盛んに取り上げられるようになったのが、「新型うつ」あるいは「現代型うつ」というものです。
しかしこの「新型・・」「現代型」というのは、正式名称ではなく、正式な診断名は「非定型うつ病」といいますが、今回の動画では分かりやすくするために、新型うつ病と呼ぶことにします。
新型うつ病の症状は、比較的若い人に多くみられます。これは若い人は人生経験が少なく、物事を客観的に見ることが難しいことが発症理由の一つと考える研究者もいます。
そして従来のうつ病患者とは違い、罪悪感や自分を責める気持ちが薄く、根本原因は状況や周りの人達にあると考えがちです。
また一般的なうつ症状では、やる気や興味をうしなって、落ち込む状態が続きますが、新型うつ病の場合、自分の興味のあることや好きなアクティビティーをしている間は、元気を取り戻すことが多いのも特徴です。
このような理由から新型うつ病患者は、周りから「勝手で我儘な人」と思われがちです。
翔馬さんの現状
有名企業に入社して2年目の翔馬さんは、24歳の青年です。中学から有名大学付属校に通い、ストレートでその大学の経済学部を卒業して、この企業に就職しました。
学生時代は先生や同級生たちとの人間関係で苦労したこともなく、運動系の部活動などもしなかったので、先輩やコーチにしごかれるような経験もないまま社会人になりました。
ところが就職を期に、翔馬さんの苦労が始まりました。まず配属された部署の上司は体育会系を絵にかいたような人で、毎日のように鋭い言葉で翔馬さんに指導や批判の言葉を浴びせました。
そして上司との対応で四苦八苦しているうちに、先輩や同僚達とのコミュニケーションもギクシャクするようになりました。
すると入社後10か月目くらいから極度の疲労感と抑うつ感を持つようになり、産業医の診断はストレス性の疲労だろうというものでした。
そんな翔馬さんが会社に行けなくなったのは、入社2年目の秋に関東北部のS支社に転勤を命ぜられてからでした。
転勤に伴う引っ越しを終えて、ひと月ほどたった頃には、毎日の睡眠のパターンがすっかり崩れて、朝起きられず何度も遅刻や欠勤を繰り返すようになりました。そして現在は休職中で、東京の実家に戻っています。
翔馬さんは体が鉛のように重く、多くの時間をベッドの中でウツウツとしながらゴロゴロと過ごす毎日です。
翔馬さんと心理カウンセリング
当初翔馬さんは、カウンセリングを受けることに対して、半信半疑の様子でした。
自分に何が起きているのか全く分からず、いくら産業医が勧めたとはいえ、話をすることで、自分の取り巻く状況が好転するとは思えないと、正直な気持ちを口にしました。
このような場合はゆっくり時間をかけて翔馬さんとの関係を築きながら、カウンセリングのゴールを定めていきます。
カウンセラー 入社してから随分苦労されたようですが、これまでの経緯を聞かせて下さい。
翔馬 やっとあこがれの企業に入ったのに、上司に恵まれずひどい経験をしました。上司は僕の能力を正当に評価せず、毎日のように非難や罵声をあびせて、僕を潰そうとしているとしか思えませんでした。
あまり能力のある先輩も同僚もいなくて、それなのにそういう奴らがプロモートされて、主要部門に移動していきました。結局その上司の評価のせいで、僕はS市にある小さな支社の営業職に左遷されたんです。
カウンセラー 上司は翔馬さんの能力を正しく評価せず、左遷されたのが3カ月前、その頃から様々な症状が出て、出社が難しくなったのですね。
左遷の原因は上司の人柄以外にも何か考えつくことはありますか。
翔馬 先輩や同僚も能力のない奴らばかりなのに、上手く立ち回って上司の機嫌をとったり、また僕が上司から叱責されているのに、少しもサポートしてくれず、僕が自己中心的だとか甘えているとか、複数の先輩や同僚から言われました。
カウンセラー 先輩や同僚は翔馬さんのどのような言動を指して、自己中心的とか甘えていると言ったのでしょう。
翔馬 反論する前に上司の話をちゃんと聞けと言われました。でも上司の言うことは、僕からするとつめが甘いといつも思ったんです。
だから率直に意見を言った。
それを皆は未熟者の反抗だと言いました。多分みんな、本当は僕の実力を恐れていたんだと思います。
ですから、上司だけでなく、周りも僕を潰そうとしていたように感じます。
カウンセラー 最近は毎日どんな気持ちで一日を過ごしていますか。
翔馬 夜寝られないので、朝起きられずずっとゴロゴロしたり、昼間何時間も寝てしまいます。起きている時は、自分に起きたことを繰り返し考えてものすごく腹が立ちます。最近食欲がすごくて、寝られないから毎晩のようにコンビニからお菓子を買ってきて、バカ食いするんです。
だからここ2カ月ほどで、5キロは太りました。こんな状況に自分を追い込んだ上司や会社は恨んでも恨み切れません。
カウンセラー ずい分つらい思いをされていますね。つらい気持ちは常にありますか。それとも何かきっかけがあると良くなるようなことはありませんか。
翔馬 コンピューターゲームは子供の時から大好きで、夜中眠れない時にやると、その間は気持ちがとても楽になります。それと旅行が大好きなので、具合が悪くても出かければ、ほぼ心から楽しむことが出来ます。先週末も日帰りドライブで海を見に行きましたが、シーフードも美味しかったし、リフレッシュできました。
新型うつ病の症状を軽減するには
心理カウンセリングでの情報によると、翔馬さんが新型うつ病に罹患していることが分かりました。その理由は、次の通りです。
主張に自己中心的な印象がある
原因は状況や周りの人達にあると考える
抑うつ感および心身の極度の疲労感
趣味や好きなことをすると一時的に元気になる
睡眠パターンの悪化
過食
また新型うつ病は単なるうつ病の一種と考えてはいけない、と主張する専門家も多くあります。症状の一つ自己中心的な考え方や自責の念があまり見られない点は、パーソナリティー障害と類似しています。
そして過眠、過食、抑うつなどの症状は双極性障害にも当てはまるので、治療の際は最新の注意をもって診断を謝らないようにする必要があります。
カウンセラー 翔馬さん、あなたは非定型うつ病、別名「新型うつ病」の症状があります。
この病気は適切な治療を受けると良くなることがほとんどです。治療は、投薬をうけながら心理カウンセリングを継続することが最も効果があると考えられています。薬は抗不安剤や抗うつ剤が一般的です。
心理カウンセリングでは、考え方や物の見方を一緒に見直しながら、翔馬さんが経験したように状況が変えられないような場合、どのように自分を納得させて困難を乗り切るかを模索します。また生活のリズムを整えるためにできることを、宿題として家で実行していただくことも考えています。
翔馬 会社や上司が悪いのに、なぜ僕が頑張らなくてはいけないのは納得できませんが…
カウンセラーお気持ちはよく分かります。でも辛いのは翔馬さんですよね。原因は自分になくても病気を治すには、本人に協力していただくのはとても重要です。体の病気もそうですね。例えば癌に罹った人は、イヤでも治療を受け入れる必要があるのと同じです。
その後翔馬さんは医師から処方されたMAO阻害薬を服用し始めました。MAO阻害薬はドーパミン、セロトニン、アドレナリンのような脳内物質の分解過多を抑え、気持ちの安定に効果があります。
心理カウンセリングでは認知行動療法CBTを使い、上司や周りの人達との関係で、自分が改善できる点に気づくことや、考え方の見直しを促すことにフォーカスしました。
終わりに
翔馬さんは会社での人間関係の難しさから、新型うつ病を発症しました。また重度のパーソナリティ障害ではないものの、極度のイライラ感や、情緒不安定、良し悪しを極端に判断するところは、パーソナリティー障害の要素がみられました。
しかしいずれの症状も最も進められている心理治療は、認知行動療法CBTです。これは翔馬さんのように、周りに非があると考える人にはすぐには効果は出にくいのが現状です。
ただ宿題として出した、睡眠時間改善のアクティビティーなどを、翔馬さんは思いのほか積極的に行ってくれました。
翔馬さんのMAO阻害薬への反応はとても良く、服用から2-3カ月すると気持ちの安定に効果が見られました。
そして治療開始から3年後には症状は大分和らぎ、その後配属された本社の総務部での仕事をこなせるようになりました。
しかしウツ症状を悪化させる、周りや状況を非難する癖はまだ若干続いていて、月に2回の心理カウンセリングでの見直しが続いています。
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