患者さんとイキイキ接したい
病院で医学療法士として働くひろみさんは、様々なことを不安に感じながら生活しています。
今の仕事を始めて七年がたち、職場では信頼を得ています。また私生活では結婚五年目の夫との関係も上手くいっています。
それなのにどうして自分はこんなにいつも不安なのかしら。理由を考えてみると、不安癖は子供時代に始まったように思います。
常に不機嫌でいつ激怒するかわからない父親と言葉のきつい母親のもとで、ひろみさんは一人っ子として育ちました。家庭内では「どこから矢が飛んでくるかわからない」というような気持ちで生活していたといいます。
ひろみ 不安な気持ちを抑えて患者さんに接している時、笑顔で会話している自分を「ウソっぽい」と思うことがあります。
私 なるほど。本当の気持ちとは真逆の対応をしている自分に対し、抵抗感を持つのですね。
厳しい両親から「正直」であることを叩き込まれたひろみさんが、このように考えるのも理解できます。
また指示されたことを上手くできない時や、学校の成績が悪かった時には、長いこと責められたそうです。このような環境でひろみさんは、自分を常に批判的に見る傾向が身についたようです。
自己肯定感が低く自信がないということもありますが、「何か悪いところがあるんじゃないか」、「良くできてないんじゃないか」という批判的な姿勢が、恒常的な不安感につながっていました。
私 理想的にはどのような態度で患者さんに接したいですか
ひろみ 患者さんの体だけじゃなく気持ちも上向くように、イキイキと接したいです。でも、ウソっぽいと思う気持ちがグルグルして。
私 ウソっぽいという思いが出て、患者さんが心身ともに元気になるように接したいという本来の気持ちがグラついてしまうのですね。ただ既存の行動パターンを望ましいものに変えるには、少しずつ慣れていく必要があります。
ひろみさん「イキイキと接する」を練習
ひろみさんの既存のマニュアルには、患者さんに「心からイキイキと接する」という項目はありません。一番の障害は「ウソっぽいのではないか」と自分を疑う気持ちです。
こう考えると、自分を疑う気持ちをなくして、「心からイキイキと接する」ことを実践していくには少し練習が必要です。何でもそうですが、できないことをできるようにするためには、試行錯誤を続けながら繰り返し行うことです。
ひろみさんに次のようなことを気を付けて「イキイキ」を練習してもらいました。
① 患者さんとイキイキと楽しく接することを心がける
② ウソっぽいという気持ちが出てもそれを横に置くような気持ちで続ける
③ 「私はイキイキすることで患者さんを元気にする」と自分に何度も言って聞かせる
表情が感情を引き起こす
初めは意識的にイキイキした表情を作っていたとしても、継続することで気持ちがついてくるというのは心理学の分野でも盛んに研究されています。
人の表情はその人の感情に変化をもたらすという説が初めに唱えられたのは、はるか十九世紀のことでした。その後この研究は「表情フィードバック仮説」と呼ばれ、特に有名な研究は1998年の心理学者ストラックの研究チームによるものです。
その研究では、被験者が笑顔の表情を作りながら漫画を読むグループと、しかめ面をしながら漫画を読むグループに分けました。その結果、笑顔のグループの被験者の方がより漫画が面白いと感じたと報告しています。
この研究はその後の心理学会に大きな影響を与え「人は楽しいから笑うのではなく、笑うから楽しい」という認識のもとになりました。
また別の研究では、嫌悪や恐怖の表情を作らせみたところ、それぞれの感情が増長するような身体的変化が起きるという結果も報告されています(2008年トロント大学研究)。
ごく最近の研究では「表情フィードバック仮説」に対し賛否両論があるのも確かです。しかし私自身や他のクライアントたちの反応を基に考えると、顔の表情はそれに見合った感情を呼び起こすというのは、間違ってはいないと考えています。
練習を通してひろみさんは次第に「ウソっぽい」という心の声に負けることなく、少しずつイキイキと患者さんに接することができるようになりました。
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