​小さなミラクル通信

守秘義務尊重のため内容は著者の経験に基づいた創作です

友人が少ないのは悪いこと?


「友人がたくさんいる人」とは、どんな人でしょうね。

明るくて人から好かれ、活発に様々なことに挑戦しそうな人を想像しますか。

一方「友人が少ない人」のことはどうでしょう。

消極的で孤独な、どちらかというとネガティブなイメージがわくかもしれません。

でもそれって本当のことでしょうか。

そもそも友人ってどのような人のことを指すのでしょう。

辞書を要約すると、友人とは職場、学校あるいは志、趣味などを共にし、お互い同等の交わりを持つ人だそうです。

友人の中には自己犠牲をも惜しまない友情を育める仲間もいれば、そこまで強い絆はなくても、一緒の趣味や興味のあることを共有する程度の友人もいます。

一方友人よりもっと関係は浅いけれども、顔見知りという人たちのことを知人と呼びます。


真の友達作りはそう簡単ではない

あるお母さんは、17歳の息子に友人があまりいないと心配しています。

「息子は何に対しても消極的で、将来のこともどう考えているんだか。そもそも友達作りが苦手で。あれじゃ社会に出てからどうするんでしょう」と、お母さんの息子に対する酷評は続きます。

「友人がたくさんいれば社会性も身につくし、成功できるんじゃないですか」と、お母さんはため息交じりに言って、肩を落とします。

このお母さんは「友人がたくさんいると成功する」と言っていますが、いったい私達はどの位の人数の人と友人関係を結べるのでしょう。


人間は何人くらいの友達を作れるのか

大脳新皮質の大きさと群れサイズの相関関係について研究した人類学者ロビン・ダンバーによると、私たちが知人として認知できるのは最高でも150人程度だそうです。

この150人の人達というのは、どこかでバッタリ出会っても、まぁまぁ辻褄の合う会話ができるような関係だそうです。

ということは、これは友人というより知人と呼んだ方が正しいでしょうね。どんなに外交的で友達作りが上手い人でも、自己犠牲を惜しまないほどの友情を結べる人数には限りがあります。


キリストでさえ仲間から裏切られることもある

ハーバード大学科学研究所のコディー・コマースが、キリストと弟子の関係を用いて友人関係の深さの度合いについて説明しています。

キリストの12人の弟子というのは有名ですね。

その中にはキリストが盤石な信頼を寄せるペテロ、ヤコブ、ヨハネという3人の弟子がいました。

キリストを含んだこの4人は最も強い絆と信頼に基づいた関係であり、お互い自己犠牲をいとわない真の友情で結ばれた仲間です。

この三人の弟子に続いて親しいのが残りの9人で、その中にはキリストをのちに裏切ったユダも含まれます。

キリストでさえ仲間の数が増えると摩擦もあれば裏切りも経験するのですから、凡人がたくさんの真の友を作り、友情を継続するのはそう簡単ではなさそうです。


深い絆か広く浅い交友関係か

深い絆で結ばれた友人より、広く浅く付き合う知人との交流の方が、社会で成功する率も高いという意見があります。

社会学者のグラノヴェッターは、強い絆で結ばれた親しい友人との交流は、視野を狭くするというのです。

一方広く浅い知人との関係をたくさん持つことの方が、より社会的成功に近づくと述べています。

なぜなら気の合う友人は、大学の選考や興味、行動範囲などが似ているため、その交流を通して世界を広げることが難しいのです。

その反面、広く浅くの知人との関係はあなたが苦境に立った時、雲散霧消する傾向にあることも知られています。

そしてそのような時にこそ力になってくれるのは、強い絆で結ばれた真の友人です。


自分なりの「友人の定義」をつくれば良い

こう考えると真の友人を作るのもそう簡単ではありませんし、たくさんの知人を持つというのも万人に向くことではないでしょう。

以前ブログ記事「内向的は短所ではない 」で紹介した、世界で一番使用されている性格テスト、マイヤーズブリッグスによると、外交的な人は多くの人との交流を楽しみ、大人数のパーティーや会合を好みます。

それに反して内向的な人は、気心の知れた親しい友人と静かに夕食を共にすることで活力を得られるのです。

いくら社会的成功につながるとはいえ、内向的な人にパーティーや会合にどんどん出てネットワークを築けと言っても、ストレスが募るばかりです。

ですから一番望ましいのは、自分に適した友人関係を楽しむことではないでしょうか。