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​小さなミラクル通信

守秘義務尊重のため内容は著者の経験に基づいた創作です

人生本当に理不尽で不公平


海外の大学院を卒業後、大手薬品会社で免疫に関する研究を行っているトウマさんは三十代半ばの男性です。


職場の同僚や友人たちからは、穏やかで礼儀正しいという評価を受けていますが、三年ほど付き合っている彼女から最近ある指摘を受けました。


「あなたは普段仮面をかぶっているけれど、本当はすぐにキレる人よ。カウンセリングでも受けてその性格を見直してもらわないと、これ以上付き合っていくのは無理だと思う」


 彼女の言葉を聞いて、トウマさんはハッとしました。そういえば最近彼女とは会えば言い争いになります。特に二人の将来のことを話し合おうとすると、何とも不愉快で不安な気持ちになるようです。


これまでの経緯と私の所見

トウマさんには生まれつき難病を患い五歳でなくなった一歳年下の弟がいました。弟が生まれて以来両親は看病にかかりきりで、ほとんど親に甘えたり、かまってもらったりした記憶がありません。


 その弟がなくなると、それまで頑張っていた母はうつ病を患い、父は自分の仕事にのめりこむようになりました。トウマさんはたった一人の子供になりましたが、家では全く自分の居場所はなかったといいます。


トウマ 母の態度はまるで僕が生きていることは罪だとでもいうような印象でした。弟のイクマが死んでなんでお前が生きているのか。言葉には出しませんが、僕には母がそう言っているように見えてなりませんでした。

私   お父さんはどのようにトウマさんと接していたのでしょうか。

トウマ 会社を経営していた父は仕事ばかりで、ほとんど家にいたのを思い出せません。母ともずっと仲が悪くて、家での生活は楽しかった記憶は全くありません。


そしてトウマさんは小学校を卒業すると、アメリカの寄宿舎付きの中高一貫校に入れられました。このことによりトウマさんは完全に親から見捨てられたと感じたようです。


寄宿舎生活は、東京での親の顔色をうかがう生活より余程気が楽でした。しかし長い休みの期間も家に帰ることを許されず、同じような境遇の生徒たちと寂しい休暇を過ごしました。


このような環境で成長したトウマさんの心に

「人生は本当に理不尽で不公平」

という思いとともに、深い悲しみと怒りが生まれても不思議はありません。


もともと自分の意思や希望は押し殺して暮らしていました。そして悲しみや怒りを、両親にぶつける機会のないまま時は過ぎていきました。しかしたまりにたまった怒りは、時折様々な形で頭をもたげました。


同級生とふとしたきっかけが原因で言い合いになり、寮の食堂のドアをめちゃくちゃに壊した時や、教師に向かい大声で殴り掛かった時は、いつもおとなしいトウマさんの爆発を周りは驚愕したといいます。絶望と悲しみの蓄積が、怒りの爆発として外に噴出したのでしょう。


その後トウマさんはアメリカ東海岸でも有数の大学と大学院に進学しました。理由は東京に帰っても居場所はないし、仕事に就いて一人暮らしができるまで帰らないと決めていたからでした。勉強を頑張ったのは、良い成績を取ることが自分の居場所を唯一確保できる方法だろうと考えていたからです。


心のどこかに両親が自分を見捨てたという認識があるため、彼女と親しくなればなるほど、また見捨てられるのではという恐怖が生まれました。そして恐怖心が大きくなるに従い、彼女に対する暴言や不機嫌な態度はエスカレートしていったようです。


以上が三回のカウンセリングで得た、トウマさんのこれまでの経緯と私の所見です。


今後のカウンセリングの目標

彼女に指摘されたということもありますが、最近自分の心に何かどす黒いエネルギーが溜まっているのを感じることがあるといいます。


しかしその原因を探ることは、トウマさんにとって恐怖でした。はっきりとした理由は分からないようですが、表情や受け答えから触れたくない事であるのが読み取れました。


カウンセリングにはいろいろな働きがありますが、その中の一つが自分を見つめる作業です。親が自分の価値を認めていなかったことや、居場所のなかった子供時代などを客観的に見つめる必要があり、初めのうちは特に心の痛みを伴います。


人間として自分の価値を見出せないほど、辛いことはありません。トウマさんの場合も親の態度や子供時代の環境を客観的に見つめた上で、自分の価値を自身で見出す必要がありました。


四回のカウンセリング時に、これから恐怖心や怒りを少しずつ消化しながら、自分の価値を見出していくこと。そして家族や自分が大切に思う人たちとどのように良い関係を築くか模索していくという目標を定めました。


自分の心と向き合う辛さ

しかしその後五回目以降のカウンセリングをキャンセルして、トウマさんは二度と現れることはありませんでした。二度ほど連絡してみましたが返答はなく、理由は今もってわかりません。


トウマさんにとって、自分の心と向き合うことが辛すぎたのかもしれないと思うと、何とも残念なケースでした。



理不尽で不公平な人生は自分を見つめる勇気を持つことで変わる



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