テディベアセラピー②


あかりは気を取り直してディブとプレイセラピーを始める。一緒に絵を描いたり、ゲームをしたりしながら、ディブの心の扉が少し開くよう話しかける。もともと人懐っこいディブは、やがてクリクリの目を見開いて、どもりながら様々なことを話すようになっていった。


ある時はディブの描いた車の絵に、あかりが天使の羽根を描き加える。するとディブは

「車に羽根なんて変だよ、やめてくれよ~」と嬉しそうに叫びながら、車の絵が描いてある紙の端っこを持ち上げて、ブーンと飛んでいくようなしぐさをする。


またある時ディブは粘土細工のテディベア型を見つけて、いくつもいくつもカラフルなテディベアを粘土で作っていく。


「お母さんは赤ちゃんとぬいぐるみのテディベアで遊んであげるんだよ」

そういいながら、一心不乱でテディベアを作り続けるディブ。テディベア作りを通して、自分がお母さんと遊んでもらえない寂しさを癒しているのかもしれない。


小さい弟や妹に取られて、両親のぬくもりに飢えているらしく、ディブはカウンセリング中あかりに体を寄せてくる。お絵かきの時には膝の上に座ったり、あかりの顔や髪の毛をさわったりすることもある。


クライアントとの体の接触はさけるという倫理規定があるので、最初あかりはディブが膝に乗ってくるのを良い事なのかどうか少し迷った。しかしディブの場合はきっとこれも必要だろうと思い、特に何も言わずそのままにした。

プレイセラピーを通してディブがかなり打ち解けたある日、

「あかり、ちょっとRの発音違うと思うよ!」

と指摘を受けた。


ごもっとも! 長年アメリカに住み英語を使って仕事をしているが、あかりも日本人によくある癖で、気をつけていないとRとLを混同することがある。


「見て!ア~~~~ルルル。違うよ!僕の舌を見て!」 大きく口をあけながら、ディブは自分の口に手を入れて説明する。そして次はあかりにやってみろと言う。


あかりが笑いをかみ殺しながら 「R~~....」 とやっていると、


「フ~ン、どうして出来ないんだろうねぇ」

と言って、ディブは手をあかりの口の中に入れて矯正しようとする。きっとスピーチセラピストから受ける指導を、あかりにしてくれるのだろう。あまりの可笑しさに、あかりは涙を流しながらディブの指導を受けた。

ディブとの別れは突然やってきた。それはカウンセリングをはじめてから3カ月、幼稚園での問題行動がほとんどなくなり、あかりがホッとした矢先のことだった。問題行動が消えたとはいえ、家庭内の状況や親の態度は以前と全く変わらない。まだ少しカウンセリングを続けた方がよいと、あかりは思っていた。


 「俺、違う州でもっと良い仕事が見つかってさ。2週間後に家族で引っ越すんだ。だからディブをカウンセリングに連れて来るのも今日で最後だよ。お蔭さんでディブも友達をひっぱたかなくなったし。引っ越し先ではもうカウンセリングはいらないよな、先生」


突然こう切り出した父親に、あかりは少し呆然としながら言った。


「そうですか。良い仕事が見つかって良かったですね。ディブは繊細なお子さんだから、環境の変化からストレスを受けることも考えられます。引っ越し先でもスピーチセラピーと共にカウンセリングを続けることをお勧めします」


「はい、はい、わかりましたよ。ドック。ほらディブ、先生にサヨナラしな」


父親の言葉を聞きながらディブは目を大きく見開いて、


「さよなら、あかり。今度会えるのは僕の誕生日かな」

いつもの快活さも消えて、ささやくようにこう聞くディブは、息を詰めているように見える。


「そうね、ディブ。お誕生日に会えると良いけど、あなたはお父さんたちと遠くに引っ越すのよ。だからもう会えないかもしれない。でも、一緒にお話したことを思い出して、新しい幼稚園でもお友達と仲良くね。あなたのこといつまでも忘れないわよ」


あかりの言葉が聞こえたのかどうか。ディブは落ち着きのない様子で、父親の後ろから部屋を出ていった。


ディブの小さな肩が見えなくなるまで二人を見送ったあと、あかりが待合室に出ていくと、そこには受付兼デスクに座って事務処理をしているフランセス以外誰もいなかった。


「どうされました、ドクターフラワーズ。少しお疲れですか」

優しく声をかけてくれるフランセスの言葉に、あかりは思わず涙ぐみそうになる。


学校では個人的な感情をカウンセリングに反映してはならないと、何度も教えられた。しかしカウンセラーとはいえ人間であると、あかりは思う。ディブの純粋無垢な可愛さや一生懸命なところ、一緒に行った様々なアクティビティーが心から消えることはないだろう。ディブの無邪気な笑顔をもう見ることはないと思うと、あかりはあふれる気持ちを抑えるのが難しかった。




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