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​小さなミラクル通信

守秘義務尊重のため内容は著者の経験に基づいた創作です

  • 執筆者の写真王丸典子

子にとどけ!母の哀歌


東南アジア出身の50代の女性とカウンセリング面談したのは、サンディエゴ市のアジア人向けカウンセリングセンターで働いていた時でした。そのセンターには東南アジア諸国から祖国の戦乱を逃れアメリカに移り住んだ人たちが毎日たくさんやってきます。



その女性も6年前に自国を離れました。理由は戦乱の中夫がひどい拷問を受け、大きな精神的ダメージを負ったからです。家族で移民してきましたが、当時10歳と8歳だった息子たちにはビザが下りず親戚に預けました。とても苦しい決断でした。



それ以来ビザ申請は続けていますが、6年経っても状況は変わりませんでした。女性は毎日息子たちのことを案じて、ふさぎ込むようになりました。


とても貧しい家庭に生まれた女性は子供のころから働きづめで、小学校も満足に行けませんでした。そのような環境に育った女性ですが、話す事柄からその人の賢さが伝わってきます


数の計算は皆が勉強している教室の窓の外から覗いて学んだとか、自分がしっかりしていれば大概の困難は乗り越えていけるとか、とても心にしみる話を聞かせてくれました。





カウンセリングが始まって数週間たったころでした。静かに涙を流しながら祖国にいる息子達の話していた女性が、突然とても美しい声で歌い出しました。歌はどうやら母が離れた子を思うという内容のようです。


その声といったら、低く哀愁を帯びたなんとも魅力的なものでした。その時からカウンセリングのたびに女性は歌うようになりました。歌うことでその人の心が少し軽くなるようなので、私は歌うことを奨励しました。


あとで知ったことですが、カウンセリングルームの隣のオフィスでは、かすかに聞こえる女性の歌声をもっと聴きたいと、カウンセラーたちが耳をそばだてていたそうです。


そしてある日、女性は低く流れていく歌声をふと止めて「息子たちが無事こちらに来るまで、私は元気でいなきゃいけない。病気になっちゃいけないんです。だから運動もするし、規則正しい生活も続けます」と言い、また歌い始めました。その言葉には女性の強い意志が表れていました。



祖国にいる子供たちの心にも、女性の低く流れるような哀歌がきっととどいていたことでしょう。


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